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Before Act
-Aselia The Eternal-

幕間 ラキオス
15:00 - 18:00



 10:00 P.M.-


「そう。あれは晴天の霹靂、雲一つない満天の星空。私とシリアはそんな夜に愛の一時を過ごしていた。
星の加護の元、淡い輝きを放つ空を見上げる彼女。月も彼女を祝福するかの如くその美しさを秘めた青の髪を絢爛と煌かせる。
その姿を見た私は全てを奪われた。どんなマナの輝きも、彼女の前では霞んでしまうしかない。
私はその時、私の全身全霊をかけて彼女にある誓いを立てた。全てを捧げ、そして不滅の想いを――」

「………ねぇ、ほんっっっっっとにいつ終わるの?」

「少なくとも、まだ半分も終わっていないだろう。結婚・懐妊・セリア誕生、そしてセリアの成長話もあるだろうに」

「――それって、冗談や嘘の類でオチがついて欲しいんだけど…」

「あら、いいじゃないですか? とっても素敵なお話ですよ?」

「…Zzz…Zzz…Zzz」

(ああ…、あたしもフィリスのように眠りたい…!)

既に何十分を語り続け、いつ果てる事もないウィリアムの話にシルスは既にグロッキー状態。
リアナは今も熱心に聞き入っているが、フィリスなんかは椅子に座っているレイヴンの膝の上で既に熟睡している。
今にも突っ伏したいのだが、どうにもタイミングを逃してしまってやるに出来ない。

「…そういえば時間的にもう寝てる時間なのよね」

寝ているフィリスを眺めながらシルスは呟く。

「そうですね。でも、珍しいわけでもありませんし」

「そう、だったわね。…あの時は一体何日まともに寝かせて貰えなかったことやら――」

シルスは少し遠い目で過去の思い出に悲観する。
そんな傍らで今もウィリアムの語りは続いているのであった…。

 10:12 P.M.-

「――まさかあの一家が…」

バトリ家との交流があり、誰もが羨むであろうあの家族が、と部下を率いて部隊長の男は苦悩しつつ足を進める。

「――くそっ、違っていてくれよ…」

この男にはただ、先ほどの情報が間違いである事を祈りつつ、バトリ家への包囲網を展開するしかなかった――。

 10:17 P.M.-

「――ウィリアム」

「…!――シリア…」

ウィリアムの耳に聞こえてきた愛する者の声に、終わる事の知らなかった口が始めて止まった。
彼の視線の先には風呂に上がって着替えを済ましているシリアの姿が。

「…ウィリアム」

「…シリア」

彼女はただただ彼を見つめ、彼も彼女を見つめる。
彼のテーブルの対面に存在する方々など既に眼中にない。

「――あなた…」

「――シリア…」

ウィリアムは席を立ち、シリアが部屋に入ってくる。
彼女の髪は洗ったために瑞々しく、灯火の光を反射して艶やかな光沢を放っていた。

「―――」
「―――」

お互いに近寄り、既にあと一歩踏み出せば完全に距離はなくなる地点でお互いに停止。
ダウン寸前であるシルスは辛うじて留めていた最後の意識で顔だけを向けて見ている。
他の観客はただ事の成り行きを見守っている。

「――あなた!!」
「シリアー!!!」


そしてどちらともなく抱擁。
そこでシルスは完全に墜ちてテーブルに顔面から突っ伏した。

「ごめんなさい、あなた。私、こんなにも愛されているのに貴方を疑ったりして――」

「それは私が悪かったんだから仕方のない事だよ。もちろん、あの時の女性とは何にもない。
私にはシリアという最愛の人がいる。そして私達の愛の結晶のセリアがいるのに君を差し置くなんて事は絶対にありえないさ!」

「…あなた、素敵よ。流石は私が選んだ男の人!」

お互いに瞳を覗き見合い、愛の語らいをしている。
傍から見ているシルスたちにはピンク色の世界を勝手に構築しているような錯覚を見せていた。

「――愛の語りの次は愛の抱擁? ほんとに人間のやることは意味不明だわね」

「ええー? とっても素敵じゃないですか、シルス」

「どーでもいいわよ、そんなの。そんなのよりも今はとっとと寝たい気分ね」

リアナのさりげない抱擁にも無反応で瞼を重くしている。
今も尚、向こうで抱擁と語らいをピンクのムード全開にしている二人を見てシルスはテーブルに額をぶつける。

「ゴメンね〜、シルス。お父さんとお母さんの喧嘩の後はいつもああだから…」

一緒に風呂を上がったセリアも既にこの部屋へと来て苦笑いで謝罪。

「何なのよ、あれって。聞いてるこっちがもの凄く恥かしくなるわ、聞いてもいないのに語るわ。
さっきまで仲違いしてたのにもう今はいちゃいちゃしてるし…」

「うーん、っと。あれは触れ合えなかった時間の分だけ溜まっていたモノを一気に消化してるんだよ〜」

「素敵ですね」

「あたしは勘弁よ…」

リアナはウットリしているだとうと顔を伏せたままでもシルスには何となく分かった。

「――風呂を上がってから少しの時間を隣の部屋で聞き耳を立てていたのはこの為か?」

「そうそう。いつもならどっかが折れて仲直りを申し出るんだけど、今回は話をネウラたちが聞いてくれたからとっっても早く仲直り出来たみたい〜」

仲睦まじい自分の親たちを見て、セリアは満足げに笑った。

 10:31 P.M.-

「――隊長、配置完了しました」

「…そうか」

部隊長はバトリ家を包囲させ、逃亡の予防線を敷かせた。

「…隊長、本当にいいんですか?」

「どうした?」

「今から突入しようとしている家は、我々の国の技術者宅です。いくら疑いがあるとは言え、上層部の判断を仰がずに独断専行は――」

「わかっている。だが、もし命を仰いでから動けば、彼らへの影響は是非も問わずに世間から疑われる事になる。
もし情報が間違っていたのならば、このまま彼らと話すだけで事が済ませられる。
そして情報が本当だとしてもだ、今と状況はあまり変わらないだろうが?」

「――そうでした。失言を撤回します」

軽く頭を下げ、その衛兵は待機に入った。それを目だけで軽く見送り、再び目の前の一軒家に視線を戻す。

「違って、いてくれよ…!」

そして後ろに幾人もの兵を率いて、部隊長の男は玄関へと向かう。

「――ぅん…?」


…ぉぉぉぉーーーーー……んんん……


遠くから聞こえてくる遠吠え。今まで聞いて事のない勇ましく、澄んだ音色。
その声に皆が足踏みをしていたが、すぐに足を進めた。

 10:38P.M.-

―――――…ーーーぉぉぉぉん……――

「―――」

「んん〜? 何の動物の声だろう?」

外からバトリ家の中にまで入り込んでくる遠吠え。
小さいながらも、耳を済ませればはっきりと聞こえてくるその声にセリアは耳を傾ける。

【生態波長・固形流動波紋・長短全波形 - Linkage.

――識別 - 統合 - Graph-Effect. ――…外部空間内に哺乳類雄種属科構成効率HG63BV485DIU9〜BV9に分類。

…結論、包囲されています】

「フィリス、シルス、リアナ。準備はいいな?」

「はやっ、もう?!」

「元々持ち物はありませんでしたから、神剣のみで完了です」

「・・・うにっ!」

フィリスを起こすと即座に三人は反応し、壁に立てかけていた神剣と傍に置いていた上着を羽織って腰のポシェットを身につける。

「…え? なになに、どうしたの〜??!」

いきなりのレイヴンたちの行動にセリアは困惑。

「邪魔したな。おいとまする理由が出来た」

「うー、それじゃあわかんないよ〜!」

「直ぐに分かる。原因は向こうから来ているからな」

「ぶーぶーぶー…!」

答えになっていない言葉にセリアはさらにむくれる。

「…もう、行ってしまうんですか?」

今しがたも、夫婦水入らずで愛の語らいをしていたウィリアムが突然のレイヴンに行動に気がついた。

「さて、な。それは向こうの出方次第だ。少なくとも、少々厄介な事がこの家に舞い込んでくる」

そうしてフィリスたち三人を二階へと促し、自身は部屋を出るところで振り返る。

「俺達の事は黙秘する事を勧める。今の時期は特に、な――」


どんどんどんどん!!!


レイヴンが部屋から消えるのと同時に、玄関の扉を激しく叩く音が家中に響いた。

 10:44 P.M.-

「ラセリオ警備部隊の者だ! 家に居る者は即刻我々を家に入れたまえ!!」

他の住宅から少し離れた場所に建っていながらも、近所迷惑になりそうなほどの声量で部隊長の男は扉を叩きながら中に声をかける。
そして程なくして、玄関の千錠が解かれる音と共に一人の男、ウィリアム・バトリが開けた扉の向こうから顔を出した。

「あ、あの。何か…?」

「話は我々が家の中に入ってから説明する」

そう言って扉を全開にするとともになだれ込む様にしてバトリ家へずかずかと部隊長の男の後ろから他の衛兵達が入っていく。

「え、え? な、何をいきなり…!」

「まずは食堂にでも今この家にいる者全員を集合してもらおうか」

「…わかりました。ですが、今この家にいるのは妻と娘“だけ”ですが?」

「それはこちらが調べるだけのことだ」

ウィリアムの答えに部隊長の男は事務的に答え、彼を連行するように家に中へと入り、玄関の扉を閉めた。

 10:48 P.M.-

閉じられた扉からは中で慌しく動き回る男たちがたてる音が外へと漏れ出ているが、大気中に拡散してさほど離れずに掻き消えてしまう。
そして玄関の外に空から舞い降りる四つの影。星と月が雲に隠れており、その姿を見る事は叶わない。

「大丈夫でしょうか…?」

「大丈夫でしょう、あの家族だもの。一筋縄でいくとはあたしは到底思えないけど」

「このまま進入経路から包囲網を脱出するぞ」

「…包囲網の落とし穴は丸く囲んでも囲まずに突入してくる方向っと」

「予備がいなければいいんですが…」

「ぅにっ」

「無駄話はお終いだ。出るぞ」

 10:56 P.M.-

「他には誰もいないか?」

「見当たりません。寝室、研究室、貯蔵庫など、他にもどこか隠れる場所はないかと探しているのですが、こうも見つからないと…」

バトリ家の家宅捜索を即座に開始した衛兵たちだったが、どこを探しても姿形を確認できないでいた。

「何か痕跡でも残っていて、それで分かるのがあればいいんですけど…」

同じ部屋を捜索している衛兵が部隊長に話しながら壁を叩いて向こう側がない事を確かめる。

「難しいな。元々あの子が居る家であり、同い年の子供も多数招き入れている場合もあるしな…。
情報の特徴と合致する理由など幾らでもある。この場に本人がいるか、スピリットがいたという確固たる証拠がなければ駄目だ」

「このままこの家の者達を連行して吐かせればもっと効率的では――」

「馬鹿者! 我々は上の指示を仰がずに行動しているんだぞ。
これ以上技術者関係者を拘束するような真似をしてみろ。我々が罪に囚われるぞ。それよりも手を休めるな!」

「失礼しました――!」

お喋りをし過ぎた衛兵は即座に捜索を再開する。
そんな衛兵の背中から目の前へと顔を戻し、ここにも何もない事に安堵の溜め息を吐いた。

「本当に、何も出ないでくれよ…」

『た、隊長〜〜!!』

「!? どうした!」


通路への扉を開けたまま聞こえてきた大きな声に部隊長は同じく声を上げた。

『来てください〜〜!!』

「な、何か見つかったんですかね!?」

「分からん。だが尋常ではないことは確かもな。行くぞ!」

「はい!」

 11:13 P.M.-

「で、どうするのよ。このまま街を出てくの?」

住宅街の一角にある狭い路地。外灯などの設備のないこの場所は空からの淡い光でほのかに照らされている。
そこでレイヴンたち四人は一旦足止めをしていた。

「当面の目的は例の侵入者を主眼においた行動を取るつもりだが、お前達が同乗する理由は無い。
お前達がどうしたいのか選べばいい」

「――この状況下で選ばせる気なのね…。それを決める前にそのスピリットに関する最新情報を聞いてからにするわ」

「私もそうします」

「フィリスもっ!」

三人の顔を確認し、レイヴンは得られた情報を話し出す。

「結論から言えば、侵入者であるスピリットは実在し、今夜中にこの街のエーテル変換施設中枢及び関連施設への破壊工作が行われる」

「ちょい待ったーーー!!? いきなり何よそれは?!」

「言った通りだが?」

「話が飛躍し過ぎてるって! 何で侵入者の真偽だったのが侵入者の目的まで判明してるのよ!」

「分かったのだから別段問題はないはずだが…何が不満だ?」

即座に突っ込みを入れたシルスのいつもの憮然としたままの顔でシルスを見つめる。
シルスは頭を抑えるが、直ぐに溜め息を吐いてうな垂れる。

「別に不満も何もないわよ。…それで、話はまだあるんでしょう?」

「ああ。それからそのスピリットは人を殺せるため、現場に鉢合わせになる者は全員巻き添えになる可能性が非常に高い。
数は少ないだろうがラキオススピリットと戦闘になれば街中での戦闘となり、悪戯に被害を拡大させるだろう。
それを未然に防ぐためにこれから俺は個人行動を開始する。以上だが、何かあるか?」

「……今――」

真っ先に発言していたシルスは驚きの表情で硬直したので、彼女に代わってリアナが質問を引き継いだ。

「…レイヴン。今、“人が殺せる”――と…」

「言った。そして付け加えるならば、既に数名が“蒸発”させられた。これは比喩ではなく、言葉通りの意味だ」

「「!!!?」」

「彼らはこの街ではそれほど重要視される人物たちではないために時が経てば行方不明で話は閉じられる。
だがもしも、破壊工作に来たスピリットが人を殺め、その証拠が残されたとすれば、この世界の常識が覆されるのと同等の意味を持つ。
その影響を抑えるために俺は行動するが……お前達は、どうする?」

「「―――」」

「お手伝いする〜♪」

「そうか、頼むとしよう」

「うにっ!」

沈黙する二人を前にフィリスが元気に同意し、レイヴンがその頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。

「お前達はどうする? 別段、必要とするわけではないぞ。あくまでも任意だ」

「あんたって奴はホント、ヤな奴よね…。あたしたちの常識の範疇を軽く超えて、道具としての存在に判断を委ねるなんて――」

彼と行動を共にすると今まで自分が何の役にも立たない。
過去の自分を塗り替え、今という自分で上書きをしなければまともに動けない。
シルスはその事に軽く呆れ、そして新たな自分を受け入れる。それはリアナも同じだった。

「それがレイヴンであり、レイヴンなんですよね。…手伝わせてください」

「うんっ! みんな一緒〜!」

「ではこれからの行動を説明する。俺はこれからエーテル変換施設へと侵入し、機能を一時的に低下させる。
お前達はそれまで適当な場所で待機をし、合図と共に北へと向かい、スピリットの侵入への迎撃体勢を整えろ」

「合図とはどんなのですか?」

「“灯り”だ。エーテルでの灯火が主流の文明だ。施設機能が不調となれば家の灯火に外灯ともども点滅あるいは消灯する。
それが合図だ。案内役に゛リイン゛も同行させる。彼女の後をついていけば雲がかかっていたとしても道に迷わない」

「OK. で、リインと一緒にそのスピリットたちを倒せばいいのね」

「街中での戦闘においても奴らは手加減はしないぞ。“人を殺せた”、これを忘れるな。
そしてこのラセリオにもラキオスのスピリットが多数駐屯している。戦闘になれば即行で駆けつけてくるぞ。
勝ち負けはともかく、姿を見せるな。見られたならば―――

―――殺せ」

「「―――」」

たった一言。その一言にシルスとリアナは息を呑んだ。

「向こうからすれば侵入したスピリットと何ら変わりは無い。見つかれば攻撃される。逃げれば見つかるまで探しに来る。
既に゛霞゛が目的ポイントにて待機している。お前達がやらなくとも、彼女たちがやる事になるかの違いだけだがな。
自分の不始末は自分でカタをつけろ」

「…分かったわ」

「…了解です」

辛うじて、返事を返す二人の瞳は決意の現れがあった。

「よし――゛リイン゛」

腰の鞘ごと『月奏』を外し、傍らへと片手で伸ばす。
そしてそれは蒼い人型を成した光が蒼銀の少女となり、そのままその手へと受け渡される。

「…了解しました。マスターも御武運を」

微笑むと共に、雲の闇が途切れて神々しい美しさの笑みが満点の星々の下で映えた。
レイヴンはそれに返事をせずに再びかかった雲の闇へと姿を消した――。

 11:33 P.M.-


『『ウマ〜〜〜〜!!!! ( ゚ Д ゚ ) 』』


聖ヨト語を日本語(?)に変換すると、こんな感じの声がバトリ家の中から響き渡った。

「あらあら。皆さんよっぽどお腹が空いてたんですね。そんなに衛兵のお仕事は大変なんです?」

「そうですよ奥さん! 最近では隊長の俺達への扱いが酷くて…」

「…聞こえているぞ。お前、今月の給料半減させるぞ」

「ひぇ〜〜〜!!? それだけは勘弁を〜〜〜!!」

「隊長さんもそんなに厳しくしなくても、皆さん頑張っていらっしゃるみたいで、少し寛容にどうです?」

「むぅ…」

「そうですよ、隊長。私達の給料もこの際大幅に上げてくれればもっと頑張れますよ!」

「俺達に何とぞ御慈悲を! たとえ隊長の給料を削ったとしても!」

「貴様の給料をみんなで分担するぞー」

「「「賛成ーーー!!」」」

「えええーーーー!!?」

そんな会話をする衛兵一同にシリアはくすくす笑ってテーブルの既に使った食器類を手に台所へと向かう。

「セリアー。こんな時間までつき合わせてゴメンね〜。あなたも」

「ううん、大丈夫だよ〜」

「大丈夫さ。シリアが頑張ってくれているんだ。私も何は手伝いたかったしさ」

「もう! あなたったら〜♪」

照れて軽くウィリアムも横腹を小突くシリア。ウィリアムも笑いながら腰でお返しとばかりの押し返す。
完全に仲が戻った両親にセリアはそれを見て笑いながら食器を濯ぐ。

「でも本当に上手くいったのかな〜?」

「大丈夫大丈夫♪ あの子たちの食器や残り物で勘繰られないためにワザと夜食を賄って後は彼らが逃げる時間を稼げたのは間違いのよ。
――あ・と・は、あの人たちは私達の家から追い出せば全て問題なし!」

「流石は私のシリア。あれだけの短時間にそんなことを考えて実行してしまうなんて、最高だよ!!」

「ありがとう――あなた!」

「シリア!」

二人は愛する者同士の抱擁に酔いしれる。
そのほぼ真横で娘は日常の風景を流して新しい洗い物に手を伸ばした。

 11:46 P.M.-

「隊長〜〜、本当にここの一家がスピリットなんか匿ってるんですかー?」

「あんな気立てが良くて、美人で、料理の出来る女性を疑うなんてのがそもそもの間違いなんじゃないですか?」

「うーむ、確かに…。だが情報が情報で、時期的にも上手すぎたのでな。一応、捜索に踏み切った」

お茶を啜りながら席についている隊長は答える。

「…だが、だからと言ってだな。家宅捜査中にこの家の者に夜食を振る舞われるのはどうかと思うぞ」

「そう言って隊長もしっかり頂いてたじゃないですかー」

「む…」

「それに、あの夫婦。見てるだけでこっちが身悶えたくなるほどに仲が良すぎるんですよー」

「そうだよそうだよ! 夜にまで狩り出されてその上アツアツの夫婦を見ているこっちの身になってくださいよ!
彼女が欲しくて欲しくて堪らない俺にとって、ここの夫婦のあの仲の良さは犯罪者ですよ!? そして聞いてみてくさい!」

耳を澄ませると、台所の方から『あなた〜♪』『シリアー♪』という
もの凄くあま〜〜〜い声が聞こえてくる。
その声を聞いて幾人かの衛兵はテーブルに突っ伏して泣き崩れ、ある者は天を仰いで世の中の不平等さを呪っていた。

「――分かった分かった。あれほど探しても見つからなかったんだ。情報はガセ。
直ぐに撤収するぞ。情報提供者にこの事を知らせて変な噂を広めないように厳命」

『『はいっ!』』

各々、全く異なる意味合いでの返事に部隊長は頭を抱えたくなった。
今もなお、向こうから甘い一時の悦に入った声が聞こえてくる。

 11:59 P.M.-

「――警備体制は概ね巡回回数の増加と重要設備への常時人員配置か。
スピリットも少数待機させているが…スピリットが来なければ早々動きはしないな」

闇夜に目立つ白の外套を収納し、上下の黒服のままレイヴンは施設内部を観察する。
彼が今居るのは変換施設最外層壁面。その手にワイヤーをくくり付けてぶら下がっている。
このワイヤーは強度のみを重視し、最も初期のエーテルコウティングタイプなので皮膚への損傷はおろか、戦闘での殺傷能力は絞殺のみである。

「巡回回数に警邏網、それに伴うこの人数配分では当然隙が出来ているな。
…これではいくら増員しても穴を突けばいくらでも侵入は可能か。
まぁ、それはスピリットの役割とするならば無意味でしかないが――」

最寄の大きく開けた窓へと身体を寄せる。
丁度巡回兵が灯火を片手に通過をし、角を曲がって数秒後に内部へと今度こそ侵入。

「それでもこうして無駄に警戒するのは人の性か。見えぬ相手への恐怖か、誇示か。
――何にせよ、今回のその行動は俺が居るのだから無意味ではないが、足枷にもならんな」

走り出すその足音は無音。僅かの風を切る音がしたが、それも走り出した数瞬のみ。
灯りのない通路にレイヴンという存在を認める要素を見出せる巡回する兵には居ないだろう…。

 00:14 A.M.-

「目的地までの指示には従って貰います。今教えたのを確実に実行した頂く事で迅速な行動が可能になります。
なお、目的地に到着後はマスターが先ほど仰いました通りに待機。襲撃に備え待つ事になります。
戦闘時間は最大でおよそ12分。それ以上は確実にラキオスのスピリット部隊とも交戦しなくてはなりませんのでご注意下さい」

「リインも私達と一緒に戦ってくれるんですか?」

リアナの問いに、首を振る。

「いいえ。私と霞は街の防衛に後方待機。流れ弾や取り逃がしたスピリットの迎撃に当たります。
戦うのはあくまでも、リアナ・シルス・フィリスの三人です。僭越ながら微力の援護も行いますのでご安心を」

「…そんな風に言うなら直接加勢してくれた方が効率がいいんじゃないの?」

「相手がどのように戦うのか分からないうちは、それはありません。
相手は貴方達が知っているスピリットではないのはご承知ですよね?」

「――人を殺した。…つまり人を殺せるスピリットがあたしたちの知っている戦い方をするかどうか分からない。
だからそれに対抗できるようにこの中で“最強の二人”が後方待機、なのね…?」

含みのある返事をするシルスにリインは反応せずに答える。

「そうです。相手が貴方達との戦闘を完全に度外視して街へと特攻する可能性も否定できません。
やってくるスピリットの実力及び数は完全に未知数。予防線を引いておくのは自然な事です」

リインは「それに――」と付け加え、その手の剣『月奏』を鞘から抜き出してシルスの眼前に突きつけた。

「貴方は先ほどマスターに宣誓しました。『手伝う』と。
ならばその言葉に違わず、マスターの期待を裏切らない事です」

澄んだ刀身は曇りのない鏡のように風景を反射して映し出している。
ただただ在りのままに、虚偽や善悪など全ての本質を映していた。

「舐めないでよね。あたしがあんたたちに勝てた試しはなくとも言ったからには確実に成功させるわよ」

「はい、そうですね♪」

「やるぞー」

シルスに呼応してリアナとフィリスもやる気を表明する。
それにリインは微笑んで『月奏』を鞘へと戻した。

 00:24 A.M.-

施設内だというのに広大な空間。その中央に浮遊しているは巨大な八面体の結晶。
そして巨大な剣が結晶中央部の球体を貫通している。その大きさの前では人であるレイヴンは小人であった。

「マナ供給率は以前の三割減。エーテル変換効率はそのままでラインが幾つもDisconnect.
首都への供給量はそのまま、か。今の波長変動に機能が追いつかないでいるはご愛嬌か…」

結晶体の目の前にある操作盤ではなく、結晶体の真下に存在する純粋なマナの泉に浸かっている設備を弄っていた。

「…この水を人が飲めばどれほどの効果があるのだろうな。万病に効く聖なる水、不老不死の雫、力の解放飲料。
それだけの効果があるのを、人は知りも知ろうともしない。ただある決められた未来への道筋を歩み歩まされる…」

ひと掬いした水を滴らせ、手に残っている雫を軽く舐めとる。
マナが体内で拡散し、口から金の霧が立ち上り、僅かな残滓が自身の構成へと“溶け込んでいく”。

「――瑣末な事だな」

ポシェットから幾つもの空の子瓶の取り出して泉の水を掬って蓋をする。
小瓶の中で雫はそのままの液体を保っていた。

「さて、目的を果たすか」

 00:36 A.M.-

「むにゃ〜〜…」

「セリアは寝たのかい?」

「ええ、もうぐっすり。いろんな来客があったから疲れてたみたいね」

寝室のベッドに眠る我が娘の髪の毛を撫でながら、シリアは微笑をウィリアムに向ける。

「…大丈夫なのかな、あの人たちは。衛兵の方々の目は誤魔化せたと思いたいのだけど――」

「大丈夫さ、きっと」

シリアの肩をウィリアムは背中から優しく抱き締める。
甘いのではない、愛しい人へのささやかな抱擁。

「なんたってセリアが見込んだ人だ。只者じゃないんだ、きっと今も平然としているさ」

「…ええ、そうね」

抱き締める腕をそっと抱き締め、背中越しの愛しい夫を見上げる。
交差する二つの視線は一点に固定して動かない。

「お父さん〜〜。お髭をちゃんと剃ってーー……むにゃ〜」

直後に二人は寝言をいう娘へと振り向いて、再度視線を交差させるとどちらかともなく苦笑した。

 00:41 A.M.-

「調律設定をそのままに波長干渉を設定――Connect. 」

最後の操作を終え、レイヴンは目の前の結晶体を見上げるも、先ほどの何も変わらずに悠然と浮いている。

「20分強あたりだろうな。まぁ、それはどうでもいいな」

そして手元へと再度視線を落とし、幾つかまた操作を行って最後のひとボタンを弾くように押した。

「作戦は準第二段階へ移行――」

中枢を背に歩き出し、レイヴンは施設の脱出を計る。

 00:47 A.M.-

最後の食事はとうに終えており、彼女たちは手元の懐中時計に視線を落としたまま動かない。
服は獣の血で染まり、臭いも色濃く残っている。その臭いにつられて夜行性の動物が集うも、新たな肉塊と血を撒き散らすだけであった。

ただただ、待っている。その時を。

満天を月が彼女達を見下ろすが、彼女たちの瞳は雲覆われた地上の暗闇よりも暗かった――。

 00:50 A.M.-

「もうそろそろですねぇ」

身を寄せている宿に、一人の青年が酒を飲んで祝杯をあげていた。
手元の懐中時計――彼女達が持っている物と同系統のものを、青年は見ていた。

「捨てた人形が最後に役に立てる機会をつくってあげたのですから、役に立つのですよ」

青年は笑う。捨てられるだけの事を、今の自分が出来る立場に居るのを。
自身の望みがまた一歩、実現へと向かっている事に。

「今回のはお世話になっているこの国へのささやかな私からの選別です。
見事私の人形モドキたちがこの国が成し得なかった目的を遂行してみせますよ」

酒を煽り、再び手元へと視線を向けた。

「あと、5分ですか」

 00:54 A.M.-

それは突然起こった。いや、そうなる様に調整されていたのである。
乱れた波長が重なり、さらなる大きな波紋へと増幅していく。
ラセリオのエーテル変換施設中枢の結晶体が小刻みに、激しく振動をしていた。
それは次第に大きくなり、やがて小さくなった。
それによって結晶体から輝く光も小さくなり、施設から立ち上る光も薄くなる――。

 00:55 A.M.-

時が来た。彼女たちは身につけていた荷物を全て剥ぎ、己が剣を手に走り出す。

ただただ、与えられた事を遂行するために。
それ以外の事は何もない。与えられた事を成し得た事など、考える事も無く。

ただただ、与えられた事を遂行するためだけに全てを賭ける。
それさえも、彼女達には思考するだけの要素が“消えていた”。

 00:57 A.M.-

街の灯火は基本的に民間のエーテル変換施設から放出されるエーテルによって灯っている。
完全に空間中だけのエーテルで点灯させるには足りないのである。

そして、ラセリオから灯りが殆ど途絶え――


――深遠なる夜の街へと変貌した。


 00:59 A.M.-

「合図です。行動を開始します、いいですね?」

「いいわよ」

「OKです!」

「うにゃっ!」

リインの声に三人のスピリットが呼応した。


 01:00 A.M.-




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